大学の先輩と「心の力=心力歌」の話しになった。
その熱烈な信奉者は当然M先輩
「心の力」は中村天風の考え方に極めて似通っているとも、M先輩は言う。

(解説)
 心の力は、学園創立者中村春二が大正2(1913)年、当時成蹊実務学校の教師であった小林一郎氏に精神修養のため記述を依頼したものです。8章からなる漢文調の美文で心の働きの霊妙偉大なことを歌っています。文章が難解で、正式な歌い方が不明確なため、中村先生が独自に考案されたものを学園内で唱和していました。しかし内外の要望もあり大正8(1919)年自らレコードに吹き込み、普及に努められました。大正12(1923)年には「The Power of the Soul」(リチャード・ポンソンビー・フェーン訳)として英文のものが発行されました。(大学HP説明より引用) <引用元

心の歌 第一章
天高うして日月懸かり、地厚うして山河横はる。
日月の精、山河の霊、あつまりて我が心に在り。
高き天と、厚き地と、人と対して三となる。
人無くしてそれ何の天ぞ。人無くしてそれ何の地ぞ。
人の心の霊なるや、もって鬼神を動かすべし。
人の心の妙なるや、もって天地に参ずべし。
 
燦たるかの月と日と、遙かに我が心を照らす。
我が心の凝りて動くや、よく日月を貫くべし。
峨々たる山、漫々たる河、常に我が心に通ふ。
我が心の遠く翔るや、よく山河を包むべし。
ただ六尺の肉身に限らるる、我が心ならず。
ただ五十年の生涯に、つきぬべき我が心ならず。
 
見よ、雲に色あり、花に香あり、聞け風に音あり、鳥にこえあり。
この中に生を託したる、われ人にこの心あり。
至大至剛はこれ心力、至玄至妙はこれ心霊。
ただこの心あるが故に、われ人は至上至尊なり。
それ眼前の小天地は、離合聚散常ならず。
我と我が身と心とを、この中にのみ限るものは。
 
天なる日月の精を見ず、地なる山河の霊を知らず。
その精と霊とを鐘めたる、わが尊さをわれと悟らず。
眼にさへぎる影をはらへ、耳に塞がる塵を去れ。
その影消え、その塵絶え、心はすみて鏡の如く。
湛然として淵の如くば、かの小天地に限られし。
きのふのわれを外にして、至上至尊のわれあるを知らむ。

日月(じつげつ) 燦たる(さんたる) 翔る(かける) 
至大至剛(しだいしごう) 至玄至妙(しげんしみょう) 
離合聚散(りごうしゅうさん) 鐘めたる(あつめたる) 湛然(たんぜん)

<参考>
『ほんとうの心の力』(中村天風)より、
 この世の中は、苦しいものでも悩ましいものでもない。この世は、本質的に楽しい、嬉しい、そして調和した美しい世界なのである。
 たとえ人生に苦難や苦痛はあろうとも、それを心の力で喜びと感謝に振り替えていくのである。心が積極的になれば、振り返ることが出来るのである。<引用元