「お殿様」と細川さんのこと、われわれ下々はこの表現を使いたがる。

「跡無き工夫−削ぎ落とした生き方」(細川護熙著)
そのお殿さまが、2009年11月10日に上梓されたばかりの本だが、本屋で立ち読みし気に入って購入した。
跡無き工夫 削ぎ落とした生き方 (角川oneテーマ21)
あっという間に読了したが、正直「殿」の考え方、好きである。

殿は政界引退後、晴耕雨読をしながら「陶芸」「書」に没頭され、最近は「絵画」にご執心とのこと。 羨望の念をつい抱いてしまう。

私自身は欲の世界から解脱できず、ものに囲まれ、世間のしがらみに縛られ、毎日が過ぎてゆく。「絵」も「書」も、その世界に足を踏み入れたいと思いながら、結局は無為に優柔不断の年月を重ねている。

いろいろ本の記述に共感し、そのように「削ぎ落とした生き方を私もしたい」と思う。
だが「無理をせず、自然体だ」という考えが、蜘蛛の巣のごとく脳裏を覆ったままである。 でも、ものが多すぎて、必要なものがどこにあるのかわからない、このことばかりは、なんとかしなければと思っている。

<本からの引用>
(P9)『徒然草』・・・兼好法師は「死というものはいつやってくるかわからない。人間にとっていちばんの幸せとは、財産でも、名声でも、地位でもなく、死の免れがたいことをじかくしつつ、愉しみながら濃密で充実した「いま」を生きることだ」 といっています。

(余談)本来、本のタイトルの考えに従うと、このような形で考えを書き記すこと自体が「跡無き工夫」に反すると思うが・・・まあ、おかげで私のようなものが、共感するという恩恵に浴しているわけだから、余計なことは申し上げますまい。