子どものように好奇心を働かせてみよう。

自分にも好きなものがたくさんあると気づくのではないだろうか。

・・・やってみたいことはたくさんある。

その中でこれと思ったものを十年続けようと腹を決め、真剣に取り組んでみることだ。

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怖いのは五十代で子どもの手も離れ、好奇心も失せ
「今さら何をやったって・・・」とテレビの前でごろごろしている人だ。

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「あれもしたい、これもしたい」と考え、少しずつ勉強しておく。

生活の中で絶えず好奇心のアンテナを張り巡らしておくこと。
「何もない」ということはない。
生きている限り、あなたが必要とするものにぶるかるはずだ。


<引用元>
『「あなたと会うと元気になる」といわれる人の共通点』斉藤茂太著(ぶんか社文庫)


読後の感想文代わりに印象に残る部分を引用した。 
そのうちお酒もまわってきて(妖しく)調子も出てきた・・・

拙ブログで、何度も書いていることの繰り返しだが>>>

私の場合、浮ついた好奇心が四方八方に発散、一向に「これをやるぞ」というものに的を絞りきれない。 
「過ぎたるは猶及ばざるが如(ごと)し」「虻蜂取らず」まったくこれらの諺どおりなり。

また、ここ数年時間的に余裕があったため、いろいろなところに顔を出し、その場で余計な一言が多かった。

引用した『怖いのは五十代で子どもの手も離れ、好奇心も失せ「今さら何をやったって・・・」とテレビの前でごろごろしている人だ』とは、まったく逆の症状が顕著に現れている。

余計な一言を発すると、小心者の私、そんな場合に必ず、変な義侠心や責任を感じ「この程度なら手伝いできます」とお調子者発言(身から出た錆び)が本能的に飛び出し、自らの発言の尻拭いをする羽目となる。

そうこうして、個別の尻拭い負担は小さいが、複数積み重なった結果、「尻拭いの集積」は、私の日常生活を結構なところまで侵食している。

本日のブログ投稿テーマに沿い「これと思ったものを十年続けよう」と思うのだが、それにはまず次のような「自戒」が絶対必要だ!

「口を慎むこと」(発言を求められても、ぐっと、がまん、がまん)

「聞き役に徹すること」(他にもやりたい人がいるはずだ)

「譲れるお役目はどんどんお譲りすること」(老害を散布禁止! 若手に仕事は禅譲)

2003年に「生まれ変わって」早や六年、今年は前世で言えば小学校に入学という節目の年。前世で生きた半生(反省)の日々を、多少なりとも生かしたいと念じるばかりである。

「素直な好奇心に、絶妙な前世の味付けをしたいものなり」 以上