2月より「言志四録」と「碧巌録」を学ぶセミナーに参加している。
毎月1回 夜の2時間、講師の導きにより、説明を聞いてゆく。

今週2回め講義あり。 
「平常心(びょうじょうしん)」 「不動心」など、面下や竹刀袋に書かれたことばがたくさん登場してきた。
禅と剣道の深い結び付きについて感慨深く講義を聞いた次第である・・・。

全日本剣道連盟の「剣道の理念」とは「剣道は、剣の理法の修練による人間形成の道である」と定義しております。過去の有名な剣道家(故小川忠太郎先生他)も禅を学び、「剣道の理念」を定義する時に<禅の考え方を背景に>「人間形成の道」という表現を使ったとも言われております。

小川先生曰く「どんなに窮した場合でも乱れない。これが剣道の最初の土台である」と。
また曰く「道ということになると大事なのは、日常生活で修練すること。
日常生活に役に立たない観念の遊戯は道ではない」と。
先生こそは正に修行即生活、生活即修行を実践されたお方であった。
先生は、後年こう語られている。「禅をやっておくと人生の上において、いざという時に役立つ。
自分は戦争に行った時と戦後貧乏した時に役立った」と。(長野善光氏記述)

剣道範士小川忠太郎先生―道人の生涯―(二)

剣禅一味 ―剣道範士 小川忠太郎先生と宏道会―


歴史を遡れば剣術各流派の創始者と禅門とのかかわりがたくさんあるようだ。

宮本武蔵(二天一流)は春山和尚につき、柳生宗矩(柳生流)は澤庵和尚、針谷夕雲(夕雲流)は虎伯和尚、寺田五郎衛門(天真一刀流)は東嶺和尚に参じ、山岡鉄舟(無刀流)は滴水禅師の印可を得ているということがネット上にて発見できました。

また、剣道用語として「剣禅一致」は一定の理解を得ていると認識しますが、沢庵(たくあん)和尚の「不動智神妙録」にあるそうだ。 

本当の斬り合いをしていた時代と、現代の竹刀剣道では、その深刻さがたいそう違いますが、心が乱れると剣が乱れるという部分は同様と思います。番外編で建長寺または円覚寺の参禅も計画されることが決まった。楽しみがまた一つ増えました!