英エコノミスト誌の翻訳記事が日経新聞のネットサイトにあった。
タイトルは『70代で金鉱を掘り当てた「シェール革命の父」の生涯

主人公のジョージ・ミッチェル氏は2013年7月26日に亡くなった。
実はこの方のことは、私も過去に投稿している。陸軍を退役されたあと、20年近くの歳月を経て、「シェールガス」という金鉱を掘り当てた。

起業家の一つのモデルとして、自分の信じたこと、信念を貫き通すということで、見事な人生である。
最初の投稿した時、ミッチェル氏のことを深く知らなかったが、今回、エコノミストの翻訳記事を読み、「起業家とはかくの如し」と関心しきりなり。 翻訳記事から抜粋し短文を綴る形で再編集した。 ご一読あれ。
現在米国で産出する天然ガスの4分の1以上がシェール層から採掘されている。2000年にはわずか1%にすぎなかった!このシェールガスの実用化により、国際情勢も水面下で大きく変化している。

ミッチェル氏の父親は、ギリシャで山羊を飼って暮らしていたが、米国に移住。テキサス州ガルベストンで靴磨き店を経営するようになる。暮らしは貧しく、ミッチェル氏は独力で大学へ、クラスを一番の成績で卒業した。

同氏は大学で石油工学と地質学を学び、第2次世界大戦中は陸軍工兵隊に所属した。陸軍を辞めた後、個人経営企業を起こした。「山師の墓場」と呼ばれていた土地の権利を買い取り、すぐに13本の噴油井を掘り当てる。同氏は、周囲の嘲笑にもめげず、20年にわたりフォートワース周辺の土地に穴を掘り続けた。

1998年、それまでのねばねばした掘削液に代えて、水☆を使うアイデアにたどり着く。これで掘削コストが激減し、バーネットシェールは金鉱となった。頑固な岩盤もついにその気骨に屈して豊かな資源を差し出した。
同氏の起業家精神を、公的機関の技術開発助成金も支えた(80年代、非従来型の天然ガス掘削に政府は課税を控除)
☆水に薬品と砂を混ぜたもの。抵抗が少ないため加圧注入が容易になった。砂が割れ目に入り込み、減圧後も割れ目を維持する

同氏が残した遺産は20億ドル(約2000億円)以上に上る。同氏が行った慈善事業の足跡はテキサス州の各地に残る。特に大学の研究部門とガルベストンの町には、惜しみなく支援を与えた。

シェール層の存在は、同氏の採掘開始何十年前から調査で明らかだった。フラッキング技法さえ、1940年代から実用化されていた。 しかし、偉大な起業家で、全く新しい発明をした者などほとんどいない。

同氏の偉大さは、ビジョンと気骨を併せ持っていた点にある。

同氏は晩年、フラッキングを厳しく規制するよう、政府に求めていた。個人事業の乱暴な掘削人による、いいかげんなフラッキングが環境を損うと考えたから。 同氏は、起業家精神の権化である。

<余談>
同氏の息子が言う「ミッチェルの矛盾」
「人口コントロールが正しい」と考えたが「子供を10人つくった」
「持続可能な発展を支持した」が、「再生可能エネルギーに投資せず」