我が家は「真言宗」である。 しかしながら、都会で育った私、1996年3月21日に母が亡くなるまで、信仰心があるとは云いがたい状態であった。
海外赴任中にその死を知り、最も早い便で翌朝にカナダを出立するも、到着は翌々日23日すでに骸となった母に対面。
「親孝行したいときには親はなし」・・・実感した。

母の葬式後、親戚一同がお寺の広間で食事をともにした。同席していただいた「圓能院(真言宗 智山派)」のすでに引退されているご老師(ご住職のお父上)よりの法話あり。
「母上の命日は真言宗にとって特別な日、お大師さんの命日です。その弘法大師と同じに日に亡くなったのは母上の生前の徳行があったから。ご親族はこれからもこの功徳のおかげを被るであろうから幸せだ」と何よりのお話でした。

「弘法大師 空海」承和2年(835年)3月15日、高野山で弟子達に遺告を与え、3月21日に入滅享年62歳 満60歳没)。

 最近、身近に仕事で世話になった団塊世代の先輩たちが定年退職を迎えている。
中には、現在も「弘法大師」と「同行二人(どうぎょうににん)」の「四国遍路」を思い立つ先輩方もいる。

 ブログの自己紹介の趣味に「空海(素人)研究」としてある。
+両親が四国出身、親戚も真言宗が多い
 (八十八箇寺のうち、2寺は親戚)
+司馬遼太郎が「空海」が好きだった
+母の死後、仏教に関して多少の知識を得る中で「弘法大師」に畏敬の念をもった
などなど、いくつかの理由が混ざり合った結果である。

 私の浅薄な知識によっても、密教「真言宗」の考え方が現代社会で十分通用すると思うし、凡人を受け入れる間口は格別にひろい宗教であると思っている。

私流の方法だが理解を深める方法としてのアプローチ
NHKスペシャル「空海の風景」DVDを注文した!

自然体で真言宗を受け入れて生きたいと思っている。

なお、最近知るに及んだ「理趣経」はわが意を得たりである。 
如何に多少調べたことを記録に残す・・・続きを読む