★生まれ変わりました★ 

☆過去の呪縛から解放され "生まれ変わりました" 30歳(前世通算80歳)で心身ともにすこやかでありたいと願う!「転生記念日: 2013.9.2.」☆ 晩成(雅号) 敬白

絵 Paintings

花鳥風月堂

最近はぼんやりテレビを見る事は皆無。
基本的に観ると決めて録画したものだけを視聴する。

良く調べずに交わされるくだらない会話にお付き合いはご免だから・・・
お笑い芸人さん達の『深い話は』、私には『ほとんど深く無い』のである。

ところがこのような決め打ち視聴スタイルだと、私にとって大切な内容の新番組を見逃す事になる。

その一つがタイトルの番組。

『古典芸能』『着物姿』を将来、画題のジャンルにしたいと考えている私にとって、この番組を最初から録画できなかったのはチョット残念。まあ、過去の番組も有償で視聴できるか・・・と、おっとり構えている。

番組に登場する、壇れいさんの着物姿は、絶対『絵になる』
金麦の宣伝でも『浴衣姿』が私にとっての一番。
そして、何よりも、壇れいさんご本人が私のお気に入りである事も重要?!
http://www.nhk.or.jp/koten/japanese_art/01/kimono.html

『古典芸能』『着物姿』に関連して、私が感銘した作品は次。
平櫛田中『鏡獅子』上村松園『序の舞』岡田三郎助『あやめの衣』
大分古い作品ですが、ご存知でしょうか?

『知らざあ言って、聞かせあショウカ』
花鳥風月における、壇れいさんの番組最初の決めゼリフ。

ご覧になった事ない方、次の参考リンクをご覧あれ
平櫛田中 鏡獅子
http://www.city.kodaira.tokyo.jp/bijyutsu/002/images/img_2376_1_1.jpg

上村松園 序の舞
http://lib2.shopping.srv.yimg.jp/lib/kakejiku/j-1064-1.jpg

岡田三郎助 あやめの衣
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/013/378/49/N000/000/000/123167919196216120336_okada1.jpg

『描いた』道具


描いた!(1)

久々に 絵を『描いた!』

でも、ハガキ大のお手軽サイズ。
鉛筆で下書き、黒ペンで線描する。
手本は山田雅夫著『5分イラストのすすめ』
お師匠様の『すすめ』と異なるのは、水彩色鉛筆で色を載せ、水筆で色を延ばしたこと。

久々に描くまでの顛末は次の如くであった。

土曜日、浅草橋へ妻のアクセサリーの材料買い出しに付き合う。
現地に着くと別行動なので先ずは喫茶店で涼を取りながら、
持参した、山田雅夫著『5分イラストのすすめ』を開く。
一昨日、BOOK OFFにて105円で購入済であった。

読み進むにつれ、入道雲の如く、強烈な創作意欲が湧き上がり抑え難く。
喫茶店を飛び出し、通りを隔てたシモジマへ向かう。
そして、速攻技で携帯用道具立てを同店にて整えた。

三菱鉛筆12色水彩色鉛筆、クロッキーノート、
水彩用ポストカードブック、ぺんてるペン型消ゴム、
大型筆入れ、鉛筆削り、ぺんてる水筆

しめて三千円なり。
勿論、上代のほぼ7掛けだから、躊躇は無い。

満足してシモジマを出ようとしたら
妻から待ち合わせ場所ドトールへの集合コール。

早速シモジマの袋を見られ
『何買ったの?』・・・「ヒミツ、怒るから」
『怒らないから、見せて』<こりゃ、親子の会話だ>
袋の中を見せると
『家に同じモノあるでしょうに・・・どうせ描かないのに』と
「・・・<今日は描くゾ>」
妙な決意を胸に閉じ込め、浅草橋を後にした。

帰宅して、購入した道具に、自宅に在庫してあった耐水性の
サクラ『ピグマペン』、三菱鉛筆『リブ』、プラチナ筆ペン『静雅』、
そして、トンボ鉛筆の消しゴム付き鉛筆、を加え、筆入れが完成。

『これで完璧ダ! 』 思った瞬間から、私は自然に描くことに集中。
作品が出来たという顛末でございます。めでたし、めでたし!

20110716Owl

「アキーラ」が家に来た!

「アキーラ」とは水性アルキド樹脂を使った世界ではじめての絵具。
油絵に近いタッチが出せ、アクリルの速乾性を持ちながら、空気に触れていない内部は徐々に乾く、そして扱いも極めて簡単。
製造元は信頼できる、「クサカベ」。

ピカソだって、私の生まれた頃にアメリカで開発された「アクリル絵具」で作品を描いた。
調べるほどに、私のストライクゾーンへど真中投球の連続!

そんなわけで、既に、十二本セットをネットで注文して、無事到着済み。私の部屋に鎮座している。

後は「アキーラ」が、晩成臥伯(臥龍の如く我慢している我が身をもじった)が絵筆を握るのを、今日か明日かと待ち望んでいる。(^-^)/
「目指せ週末画伯!」

後は長々情報が続く。全て、何時でも、何処でも確認出来るように私用なりfbミロのタバコを吸う男の頭部をピカソ風に模写続きを読む

アクリル絵具の歴史

1995年海外赴任の折、時間と居住スペースに恵まれ「油絵」に挑戦した。
帰国後、時間とスペースの制約から、絵描きは封印してある。
いつの日か、再開と夢見ているが、最近ふとしたことからアクリル絵具による絵の可能性に気づき、「時間の呪縛」「スペースの制約」を乗り越えようかとの気持ちになっている。

そして、先ずはそんな気持ちにしてくれた、「アクリル絵具」の歴史を中心に調べた事を記録にのこす。

http://liquitex.jp/history/index.html
【アクリル絵具の歴史】
<手軽で堅牢な絵具を求めて>
 1920〜30年代のメキシコ壁画運動などをきっかけに、屋外や大画面に使用できる手軽で堅牢な絵具を求める声が高まる。初期の合成樹脂絵具は、専門家用の絵具としての開発ではコストが高すぎたため、家庭用の塗料として開発が進めらる。
ニトロセルロースやアルキド樹脂、PVA(ポリビニルアルコール)などを使った塗料が市場に広がり、当時の作家のさまざまな表現技法の発展に大きく貢献。 また、1940年代後半になると溶剤系のアクリル絵具が開発されます。

<アクリル絵具「リキテックス」の誕生>
 1955年、米国のヘンリー・レビソン博士が水性エマルジョンタイプアクリル絵具の開発に成功した。 それまでの合成樹脂絵具が溶剤を用いるためで安全性や利便性の面で課題を抱えていたが、その新しい絵具は水で簡単に扱うことができ、 「liquid」と「texture」という言葉を合わせて「liquitex・リキテックス」と名付けられました。 アクリル絵具「Liquitex・リキテックス」の誕生です。

リキテックスは水で簡単に扱え、乾燥後は水に溶けないとても丈夫な画面を作り出します。 この画期的な絵具は、アーティストの様々な表現の可能性を飛躍的に広げ続けてきました。 また1960年代のアメリカを代表する芸術運動である「ポップアート」にも大きく影響を与え、 デビット・ホックニーやアンディー・ウォーホル、ジョン・ホイランドなど多数のアーティストが愛用していました。

<現在のアクリル絵具>
 1968年に日本での販売開始以来、リキテックスはアクリル絵具の代名詞としてさまざまなアーティストを支え続けている。現在では幅広いニーズに応えられるようバリエーション豊かなラインナップを取り揃えている。
ツヤ出し・ツヤ消しなどの質感の調整や盛り上げ、絵具の垂らし込みなどを可能にする40種類以上のメディウムを併用することにより、アーティストの表現は無限に広がる。

2009年には水で薄めずそのまま使える液状タイプのアクリル絵具、リキテックス リキッドが発売されファインアートのみならず コミックやイラストのアーティストもアクリル絵具を愛用する様になった。

<そして次世代へ>
 そして2010年、今までのリキテックスの品質をさらに高めた専門家向け最高級アクリル絵具「リキテックス プライム」が誕生します。 リキテックス プライムは非常に透明度の高いアクリル樹脂を使うことにより、顔料そのものの発色を最大限に生かすことができます。 また、濡れている状態から乾いた状態になるまでの色の変化を抑えよりスムーズな制作が出来るようになりました。

全80色のうち68色(全体の85%)が1つの顔料からなる単一顔料色で、混色しても濁りにくく鮮やかな色を保ち続けます。2011年春にはリキテックスプライムのメディウム発売を控え、アクリル絵具リキテックスはこれからも進化を続けていきます。

さらに続くが、訪問はご遠慮のほど?!続きを読む

鳩山さん大丈夫?

s20100508_ShushoMoshaお手本を題材に模写をした。粗忽物の私、わが国の首相の名前を間違えた。
その首相殿、基地問題でも苦境に立たされている
・・・さてさてその行く末は?

今回の模写で私がお手本にしたのは
「山藤章二の顔事典」
続きを読むにお手本とした同書にある『「鳩山家」親子三代』の似顔絵あり。比較してみてください。模写をすると、まったくデッサン修行が皆無の私はボロボロ、プロと素人の違いが良くわかります(笑) 東京芸大を目指しデッサン修行をみっちりやったことが、受験に失敗したが同氏の確かな画力になったとWikipediaの解説にあったが、その通り。続きを読む

墨絵の可能性

photoさてこれが誰が描いたか?
もちろん、私ではありません。
日本在住11年となる、ニューヨーク出身の画家ジム・ハサウェイ(Jim Hathaway)氏の作品。
来日、以来「墨絵作家」というのがジムさんの呼称である。西洋画家が墨絵に興味を抱くと、墨の世界もかくのごとく変容するのである!

 でも、2000年以降の活動が記されていない・・・もう日本にはいないのだろうか?
いずれにしても良いインスピレーションを与えてくれた。

 私も2003年の9月に「生まれ変わってから」7回目の春を迎えた。
そう、前世であればこの4月にめでたく小学校一年生! 

文武両道を旨とする後半生、剣道は年相応に続けている。
小学校入学を機の残った「文」の修行に取り組もう! 
もちろんやりたいことは決まっている・・・好きな「絵」の世界。
道具・教材・参考図書・・・すべて揃っている。 

部屋の額にあることばを繰り返す
「あとでやろうと思っても
 やれたためしがない
 やるならばいつでもいまだ」(未青浪人)

「絵で読む川柳」!?

思い通りにならないのが世の常。
でも、たまにいいことがあるのも人生。

普段はどちらかといえば辛いこと、単調で変化のない毎日が続く。
そんなとき川柳で軽く受け流すのが人生の達人?!

さて土曜日、車をきれいにしたあとネットを回遊
「絵で読む川柳」なるブログを発見した!

母が川柳を読み、娘が絵を添える。感心した。
これはこれはなかなかセンスに溢れた、親子の素晴らしいコミュニケーション。

<母上と娘さんの自己紹介>
ちょっとしたはずみで、お母(J子)が川柳を読み娘(M子)が絵を書く。ふたりが一番納得して楽しんでるそんな絵で読む川柳です。

私もある一時期、義母と続けていた「交換絵手紙」は、
自ら言うのもなんだが「洒落っ気なしで、ちょっと鼻に付く」という印象か?

ところが、こちらはいけますね・・・さすが軽妙洒脱な関西人に脱帽!
さて粋な江戸っ子は何で対抗しましょうか?
いけねぇいけねぇ・・・そもそもそんな競い合いこそ「粋じゃねぇ」

ブログ最初の投稿の一句
「忘れていい みんな忘れて さようなら」 (2005年6月14日)

最近の投稿から
「目と耳が 競って覗く 他人の歳」 (2010年5月8日)

双方ご覧あれ! 絵との組み合わせが素晴らしい。

古くは「俳画」、最近では「フォト五七五」も同じ路線だが
親子でというのがなんとも新鮮で素晴らしい!

似顔絵の模写修行

ネットにあった似顔絵を模写してみた。 一年ぶりぐらいだろうか?

「顔の形」をまずしっかり正確に描くのは大前提。
次に、特徴を捉えてどこをデフォルメするかということも大切。
そして目鼻など部材がアンバランスにならないように配置する、そんなところが大切だろう。

バランスが崩れたものは鑑賞に堪えないし、目がイキイキしていないと絵に生命が宿らない。
だから、サイズの小さな似顔絵は、目が正しく画けない。 

サングラスで目が隠れている「世界の黒沢」は意外と描きやすい。

似顔20100213ネット上の似顔絵教室

「似顔絵工房 まるちどう」


「人を描くのって楽しいね」


<そのた>
「綾瀬はるな」
「岡田准一」
「ショーン・コネリー
「岡田」准一」

平山氏との繋がりを探すと・・・合掌

尾道・生口島出身の日本画家、平山郁夫さん(79)が2日、亡くなった。
「誰に対しても常に同じ目線で付き合う、人柄の素晴らしい方でもあった」という。

生口島にある「美術館」を訪問したのはもう十年も前だろうか? 
『たいそう立派だなあ!一人の画家の業績が町を変えている』
そんな印象を持った。

大山祇神社へは何度か行っている。周辺の島を含め、この地域の名所といえば『大山祇神社』
歴史的にはここがナンバーワンというのが過去何百年も常識だったと思う。
ところが、この地域で、現在の主役は「平山郁夫美術館」かもしれない? 
ここを見学した時の正直な感想。

私の本籍地は、大三島(神社)や生口島(美術館)のすぐ傍の大島。
大島は村上水軍の首領格である、能島水軍の本拠地である。
我が家の、墓もここにあり、祖父母、母も千の風になり海を山を眺めている。

石材産業が支える町財政は比較的豊か。
平成の市町村合併の直前に「村上水軍博物館」
という、立派な箱物を作った。

町の余剰財源が、合併先である今治市会計に組み込まれるのを回避したのだろうか? 
中はまだ見ていないのでまたく正しい評価ができないが・・・

「平山郁夫美術館」開館10年入館者250万人突破 /年間24万人(月平均2万人)
「村上水軍博物館」2009/10/31「入館者25万人を達成しました」
「平山郁夫美術館」への訪問客が圧倒的に多い。開所年から、逆算すると、約5倍かな。

 <主要観光施設名> 所在地 平成20年(A) 平成19年(B) (A)/(B)×100
 <村上水軍博物館> 今治市   49,366   48,041    102.8
 <マリンオアシス>伯方今治市 406,805   230,961   176.1

平山夫妻は鎌倉に在住だった。
数年前にご夫妻を、自宅から目と鼻の先にある、スポーツクラブで偶然見かけた。
鎌倉には、スポーツクラブが存在しないらしい。
だから、我が家の近くの施設へ通われていたのだろう・・・。

芸術が与えてくれる「安らぎ」は、歳を取るごとに素晴らしいものだと思っている。
合掌・・・・

平山郁夫
日本美術院理事長。一ツ橋綜合財団理事。元東京藝術大学学長。文化勲章受章者。
称号は広島県名誉県民、広島市名誉市民、鎌倉市名誉市民。
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